最高裁判所第二小法廷 昭和22(れ)117 判決
主 文
本件上告を棄却する
理 由
弁護人石渡秀吉の上告趣意書
第一点は原審判決は理由不備の違法があると思料する。其理由に於て「被告人は
終戦後定職なく遊廓等で遊興して其費用等に窮した結果、原審相被告人A、同Bと
共に空巣窃盗か又は場合によつては強盗をしようと相謀り昭和二十一年十二月九日
午後三時頃被告人の案内で同人が前に数回行つたことのある名古屋市a区b町c丁
目d番地喫茶店CことD方に到り同家の様子を窺つたところ同人妻E(当時二十四
才)が独り留守居をしていたので、同女に暴行を加へて金品を強取しようと相談し
た上、直に客を装つて同家内に入り、コーヒーや玉子井を注文しながら方法を案じ
互に機会を窺つている中、結局三名共謀の上被告人が右Eと顔見知のため犯行の発
覚を虞れ同家主人の帰宅前に右Eを絞殺して金品を強奪しようと企て、互に示し合
せた上、同日午後四時頃Aが同家奥の間に居たEに対し勘定を求めて油断させ突如
同女の背後から腕で其の頸部を締め付け、其のまゝ奥板の間に同女を上にして仰向
に引倒し自己のネクタイ(証第二号)を外して同女の頸部を強く締め付けたところ、
ネクタイが切れてしまつたので、更に所携のタオル(証第一号)を同女の頸部に巻
き付けて、之を締め、其間被告人は手或は其の場にあつた座布団で同女の口を押へ、
Bは同女の足を押へる等の暴行を加へ同女を人事不省に陥らしめ、之によつて被告
人等は同女を殺害し得たものと誤信し、同家内から前記D所有の自転車一台背広服
三ツ揃一着(証第二十八号)其他衣類靴等三十数点を強奪したのであるが間もなく
右Eが蘇生したため、同女に対し右暴行によつて全治約一箇月を要する喉頭部並に
眼結膜粘膜下出血等の傷害を負わせたに止り殺害の目的を遂げなかつたものである」
との犯罪事実を判示した。そして其の証拠の部に於て被告人の供述其他六点の証拠
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を採用し最後に「綜合して之を認定し得るから判示事実は証明十分である」と説明
した。然れども一個の事実に対して数個の証拠を綜合して事実を認定することは其
の性質上から可能であるとしても本件の如き数個の事実に対して数個の証拠を綜合
して認定することは如何なる事実を如何なる証拠に基いて認定したものであるかは
論理上其の明確を欠くを以て其の理由は不明である。従つて理由の不備であるのは
当然である。此の点に於て原審判決は破毀せらるべきものと思料する。といふので
あるが
原判決の認定したところは本件犯行の動機から被害者の傷害の結果に至るまでい
ろいろの事柄にふれてはいるけれども結局これは被告人の強盗殺人未遂という一個
の犯罪を形成し又はこれと密接する一連の事実関係を認定したに過ぎないのであつ
て原判決の挙示する証拠を綜合すれば優にこの事実関係を認めることができる。弁
護人の主張するように右一連の事実関係のうちどの事実はどの証拠で認定すると一
々各別に之を判示する必要はないのである。論旨は理由がない。
同第二点は、原審判決は虚無の証拠に依つて事実を判示した違法がある。判示事
実中「同女を人事不省に陥らしめ之によつて被告人等は同女を殺害し得たものと誤
信し(中略)間もなく右Eが蘇生したため同女に対し右暴行によつて(中略)傷害
を負わせたに止り殺害の目的を遂げなかつたものである」との旨を判示して、被告
人の殺人未遂の事実を判示している。依て殺人未遂の事実を認定するに採用してあ
る各証拠に付て精査するに(一)検事聴取書中の被告人の自白と(二)第一審相被
告人Aに対する予審訊問調書中の自白との二点を証拠として之れに基いて事実を認
定したものであるのは明らかである。証人Eの予審調書の証言中には暴行或は殺人
未遂等に関する記載は第一審相被告人Aに対する記載のみで、本件被告人Fに関す
る記載は全く無いから殺人未遂の点は無関係である。其の余の証拠もすべて関係が
全く無い。前記の如く自白のみである。依て本件被告人の自白は長き拘禁中のもの
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であり憲法第三十八条第二項及第三項の規定に依つて、証拠の価値及能力の無いも
の即ち証明力の無いものである。亦之れに関連する相被告人Aの自白は本件被告人
の自白では無いけれども、其のAに対して証拠力の無いのも同一であるから共同被
告人の自白は他の共犯関係の被告人に対しても其の証拠力無いものと解すべきであ
る。然らざれば憲法第三十八条の規定は、単独行為の被告人の場合のみに制限せら
れて共犯関係には全く適用無き空文となるであろう。憲法第三十八条の規定する人
格尊重平等の基本的人権保護の趣旨は其目的を達することが出来ないからである。
又原審外の他の審級に於て成立した自白の書類は書証として証拠力ありと曲解する
ことは出来ない其の自白たる性質に於て同一なるは勿論のこと尚、刑事訴訟法上の
直接審理の原則にも反するからである。右の如き次第で本件判示事実の殺人未遂の
点は証拠となすべきで無い証拠力の無い自白に基いて認定したものであるから虚無
の証拠に依つて事実を判示した違法があることの明白であると言はねばならぬもの
である。是に由つて原審判決は当然破毀せらるべきものであると確信する。といふ
のであるが。
被告人が検事に対して本件の犯行を自白したのはその犯行(昭和二十一年十二月
九日)後十九日目であり、被告人が勾留せられてから僅かに四日目であることは記
録の上で明白であつて本件犯罪の性質其他諸般の事情から見てこの自白を以て論旨
のいふように不当に長い拘禁の後の自白といふことはできない。また第一審の相被
告人Aの予審に於ける供述についても弁護人は不当に長い拘禁の後の自白であるか
らこれはAに対する証拠とすることができないのみならず被告人に対する関係から
いつても証拠とすることはできないといふけれども同人のこの供述も同人が被告人
と共に本件犯罪をなした後一ケ月余(勾留後二十五日)になされたものであつてこ
れまた本件犯罪の性質其の他諸般の事情から見て必ずしも不当に長い拘禁とはいへ
ないのみならず原審がこれを被告人の犯行に対する証拠として挙げたのはAの供述
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中被告人の犯罪を証明する部分であつて―たとへば被告人に殺意があつたといふ事
実として右供述中F(被告人)が私に「お前さきに女の頸をしめろあとから自分が
やる」といつたので女の頸をしめて殺してから金をとることになつたのであるとの
部分を挙げているやうに―Aが自分の犯行を自白している部分を証拠にしたもので
はないことは原判決の前後を照応してみれば極めて明らかである。であるからこの
Aの予審における供述を以て日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関
する法律第十条第二項にいふ自白として被告人の犯罪の証拠とすることもできぬと
いふのは見当違ひの議論といはねばならぬ。よつて、この論旨もまた採用すること
はできない。
以上全裁判官一致の意見により刑事訴訟法第四百四十六条に従い主文の如く判決
する。
検察官十蔵寺宗雄関与
昭和二十二年十一月二十二日
最高裁判所第二小法廷
裁判官 霜 山 精 一
裁判官 栗 山 茂
裁判官 藤 田 八 郎
裁判長裁判官塚崎直義は欠勤し裁判官小谷勝重は出張中であるから、各署名捺印す
ることが出来ない。
裁判官 霜 山 精 一
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